日頃から日常から非常への切り替へである「旅」をこよなく愛して来たが、今回の「旅」は、非常の中へ、更に経験したことのない〝テロ〟といふ非日常が加はり、凡そ現実味のない絵空事、仕組まれた〝劇中劇〟の中にゐるやうな興奮を味はつた。主謀者の潜んでゐた〝隠れ家〟から然程離れてゐない所に私の宿はあり、その距離から当然緊張は強ひられた。しかし同時に妙に弛緩した〝空気〟が漂つてゐたのは慥か。そんな事態の中でも界隈のり場ではイスラム系の犯人と同じ人種の人達が店を開け、客を入れ何事もなかつたやうに営業してゐる。本当に〝テロ〟はあつたのだらうかと思ふやうな日常の風景。彼等にとつて多数派のイスラム教徒としての誇りはあり、埒外の、しかし予測出来うる「一夜劇」だつたのではないか。