”おとぎばなし”の醍醐味といふのは、視点が自由自在で魔法の箒に乗つてゐなければ出て来ないものだが、三上透といふ詩人は、そのあたりの極意を充分心得てゐるらしい。油断のならぬ不気味さはどの詩にもあつて、うかうかと読まされて行きながら、途中でひやりと濡れ手拭ひを首筋に押し当てられるやうな味つけになつている。